読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

最近

ここ数日はブログを更新する時間も惜しんでアイドルをプロデュースしていた。
アイドルマスターシンデレラガールズ
アイドルを目指す少女達の物語だ。


眼鏡をかけたいじめられっ子。
近所の公園を散歩するのが趣味の女の子。
家が貧乏な女の子。
どの子も私というプロデューサーのもとでアイドルを夢見る。

ごく普通の女の子が、アイドルという戦闘服に着替えて、新しい自分を発見する。
その姿はまるでセーラー戦士のよう。


舞台で見せるあの表情、あの輝きが、全部全部愛おしいのは、きっとそれが長く続かないことを、私も、彼女達も知っているからだろう。
束の間のライブを終えると、セーラー戦士達はいつもの日常に戻って行く。
また悪者を見つけたら、きっとまた現れて、私達を救ってくれるだろう。

広告を非表示にする

勉強すればするほど、私の馬鹿さが露呈され、今も私のすぐ後ろで大勢の観衆が私を嘲笑う。

こんなのも知らなかったんだ。
こんなのお前がやっても無駄なのに。

私はそれが堪らなく苦痛で、現実から目を逸らし、今日もニコニコ動画を観ている。


私は謎解きゲームが割と得意だが、私は苦もなくすぐに答えにたどり着く一方で、友人はものすごく苦労してそれでも答えにたどり着かない。
本当に得意な人から見ると、私の努力も同じようなものなのだろうと思うが、いや、謎解きゲームが得意でも全く意味がない。


努力なんかしなくてもいつだって誰より抜群に得意なことが、みんなに存在していればいいのに。
いや、正確には、存在してはいるのだろうが、本人の望むような都合の良い場所にはそう存在していない、ということなのだろう。

だけど、だけど、、
羽生結弦にはスケートという抜群の得意分野があった。
大谷翔平には野球が、佐々木希には美貌が、松本人志にはお笑いが。。

私には足が臭いという事しか抜群の得意分野が見つからず、努力なんかしなくても私の足はいつだって誰より抜群に臭かった。


神様、こんなふうに生まれてきた人生を、恨んではいけないなんて、言わないよね?

何もかもがしっかりと積み重なった雪の層。
その下に、小さな蕾が眠っている。


空は暗く雪ばかりだった草原に、今年は珍しく日が射した。
しかし、長年積もった雪はお日様の微かな暖かさではちっとも溶けて行かず、むしろ少し溶けた分だけ雪面は醜くなっていった。
やがてお日様は雲に覆われ、またいつも通りの日常が戻った。



蕾が人生で二度目にお日様の暖かさを感じたのはその二年後だった。
蕾は二年前の悲劇を思い出し、怖じ気付く。
しかしその暖かさは、お日様のように皆に薄く平等に与えられておらず、蕾だけをひたすら暖めていた。
それは暖かい人の手だった。人の手は自らの手を冷たく冷やし、それでも雪をとっぱらった。
蕾はその人の手が見たかった。その人の手が見たい一心で、今度は自ら雪を溶かすようになった。
さらに水の代わりに与えられた養命酒が、蕾の冷え性を改善し、雪を溶かす助けになった。



雪はまだ降るー。
しんしんと降る雪を見ていると時々、自分が雪に埋もっていた頃を懐かしく思い出す。あの時私を散々苦しめ、そして守ってくれていた雪の壁はもう無い。
しかし、どんなに雪が降っても、もう雪に埋もれることはないだろう。



一面の雪原の、そこだけ土が見えていて、小さな小さな花が、こじんまりと咲いていた。

AM2:00 スカイツリー

ずっと昔ハタチくらいの頃、夜中にパジャマ姿で家を飛び出し、
自転車を往復6,7時間漕いでスカイツリーまで行ったことがあった。

その小旅行は誰の目から見ても青春18切符の自分探し旅行だったが、当の本人はいたって真面目に死に場所を探しに出かけたのだった。

道中どこか手頃なビルがあったらそこから飛び降りよう、最悪スカイツリーの近くの橋から、と決めていた。


道中、手頃なビルはいくらでもあった。
でも私は、もう少し、次あったら、とぐんぐんと進んでいき、挙げ句の果てに永田町のマックで休憩を取る始末だった。
「これが最期のご飯だ」
と食べるハッピーセットには緊張感のかけらもない。
そうこうしているうちに案の定、スカイツリーまで来てしまっていた。


私の人生はいつもそう、本当にやりたいことすら、まあ明日やればいっかなんて考えているのだ。
今回は必死の思いで出てきたのに、それすら後回しにして生きる自分に気がついて、心底情けなかった。

橋から見上げたスカイツリーは何とも美しく、冷徹で、私にこう言っていた。
「明日やろうは、馬鹿やろう」

f:id:sabotenn_chan:20170213105624j:plain

広告を非表示にする

卒業式

f:id:sabotenn_chan:20170212163411j:plain

卒業式の日。成人式の日。入社式の日。
いつだってイベントごとの日は両親をがっかりさせた。


卒業式ー。
悲しいほど綺麗なままの卒アル。
卒業式を終えた子達が集まって、門の前の桜並木で写真を撮っており、その周りでは父母が談笑している。そんななか、たった一人で一番早く門を出てくる我が子。
そんな子供の姿を見て、母はどう思っていただろうか。
私は、彼等の立つ桜並木には、一生立つことができないだろうと思った。


成人式ー。
これも、身内だけの、小さな小さな儀式。
誰に見せるわけでもないのに着物を着て、誰に見せるわけでもないのに美容院でスタイリングして、最後に家の前で写真を撮った。
テレビをつけると成人式の話題ばかりで、華やかに盛り上がる新成人達の姿を見て、わたしは心底面食らった。
卒業式の時感じたあの予感は、あながち間違いではなかった。


入社式ー。
本来であれば入社しているはずの年に、私はそれができなかった。
真新しいピカピカのスーツを着て、意気揚々と歩く新入社員達の姿を町で見て、母は何を思ったのだろう。




これからも、何かイベントごとがある度に、家族を悲しませるだろう。そして何より私自身が挫折し、絶望しなければいけない。
華やかなイベントの裏にこうした人種もいたのだということを、記録に留めておく。

広告を非表示にする

鳥の神様

ある時、鳥の神様は人間達にこう言いました。

「みなにひとつずつ、卵を与えよう。
この卵は何者でもないお前達に、世界中からたくさんの承認をもたらすだろう。
そしてお前達はこの世界のスターとして、ネット上に輝き続けるだろう。」


「ただし。
卵はただでは孵らない。
お前達の通勤時間を、趣味の時間を、仕事の時間を、この卵に捧げるのです。」




神様は気まぐれでした。こんな試みをしたのも、ほんの出来心からでした。
しかし、人間達は神様の予想を遥かに超えて、この卵に身を費やし、承認を求め続けるようになりました。

人間たちが最も欲していたのは"ファボ”と”リツイート"でした。
人間たちは食事の時間も、恋人との時間も、寝る間も惜しんで、時には人の卵を盗んでまで、"ファボ”と”リツイート"を稼いだのでした。

やがて人間たちのステータスは、外見や能力ではなく、”フォロワースウ"になりました。
“フォロワースウ"の多いものは尊敬され、少ないものは虐げられるようになりました。


この時ようやく、人間たちは気づき始めました。

この卵は一生孵ることのない、悪魔の卵ではないかと。

しかしもう、戻ることは出来ません。
卵を持っていない者は、この世界に存在しないも同然です。
卵を捨てたら、また、”何者でもない者”に戻ってしまうのです。
それが怖くて、人間は卵を捨てることができません。
この、孵らない卵を。

広告を非表示にする

祈り

f:id:sabotenn_chan:20170211160509j:plain

私達は地震が来ると何故ツイッターを開いてしまうのだろう。

そしてツイッターを開いた時のゆれ、ゆれ、とつぶやかれているようすを見た時の安心感といったら。

ツイッターにつぶやかれているからと言って地震が納まるわけではないのだが、
おそらくツイッターが出来るくらいなのだからきっと大丈夫、
というこれは一種の祈りのようなものだろう。



地震だけではない。

私がツイッターを見るというのは色々な祈りであり、

ある時は、

「私は(家から一歩も出ていなくとも)これで世間のニュースや関心事にキャッチアップしている(そうであってほしい)」

というかたちをしており、

またある時は、

「これだけの人と私は繋がって望めばいつだって届く場所にいる(そうであってほしい)」

というかたちをしている。



その祈りもまた大抵は的はずれなのだが。

広告を非表示にする